教師(先生)や校長のいじめ対応は問題?

学校 いじめ

最近では「学校現場でいじめが問題に…」と報じられることが多くなりました。

昔はいじめは当たり前のように扱われ、いじめの被害に遭った子どもが自殺に至ってもほとんどはその場限りで話題になりませんでした。

いじめが学校での問題として取り上げられるようになったのは、親がモンスターペアレンツであるとして問題になったのと時を同じくしています。しかし、それでも児童・生徒の自殺はなくならず、学校も教育委員会も知らぬ、存ぜずを通すことが多いのではないでしょうか。

ではなぜこのようにいじめが長年にわたり問題になっているのかを一緒に考えてみましょう。

トラブルを避けたい教師たち

学校 いじめ

メディアでいじめ関係の報道がされる時、先生や校長先生が「いじめがあったという事実を知らなかった」と報じられるケースが多いですよね。その原因のひとつとして、教師の仕事の多忙化があります。親がうるさくなったので仕事が増え、教育委員会も文科省も教育の向上などと言って仕事を回してくる。

「それでも教師だったらいじめがあるかどうかくらい感じ取れるだろ」という意見もありますが、昔よりも生徒の事をよく見れなくなっている現実があるのだと言われています。

仕事が多忙になったからといって教員が増えるわけではないので、教員は学習指導以外の事務作業を多く抱えています。経験の浅い教員ほど上の教員から仕事を押し付けられるという話もあります。彼らは彼ら自身のことで精いっぱいで、子どものほうに目を向けている余裕がない人もいるといいます。

自分が忙しいので、もめごとは「ないもの」としてしまいたいという人もいます。もちろん生徒から深刻さが伝わってくれば対処する先生も多いでしょうが、子供の真剣さというのは時に伝わりづらいですよね。

本人からの申し出だけで、加害者疑いの子どもから否定されれば、なかったことにするのは簡単なのです。加害者不明のものを調べることは大変な労力ですし、下手をすれば時間の無駄で終わってしまいます。自分の成績にも響いてきます。

ドラマの世界であれば、いじめに立ち向かう勇敢な教師などはたくさんいますが、現実には見て見ぬ振りをしてしまう教師も少なからずいるでしょう。

学校としても変なレッテルは貼られたくない

学校 いじめ

学校側としても、いじめの存在する学校であると知られたくなくて、あえて隠蔽するという報道もよくあります。それはさきほど述べた心理と同じです。自分の成績に汚点が残っては今後に関わるのです。

よほど国家が熱心にいじめ撲滅に取り組んでいれば協力するでしょうが、ただ県の教育委員会がアンケート調査をするような程度では、学校の名誉、自分の名誉のために隠蔽してしまうことがあります。

もちろん「いじめがある学校」という評判を立てられたい校長はいませんし、アンケート程度のものに正直に答えてでも将来の昇進を望まない校長もあまりいないでしょう。いじめが外に出てくるのは、いじめの情報がよほど重要視されて注目されているときだけなのです。

いかがでしたか?

学校のいじめ対応について述べましたが、学校にまかせきりにしているのも問題です。よく家庭が悪いか、学校が悪いか議論になった挙句、子どもに発達障害を押し付けるケースがありますが、学校が悪いか家庭が悪いかではなく、同じ地域の存在として、地域ぐるみで子どもは教育していくのです。

子どもが発達障害かどうかは多面的にみる必要があり、「いじめられているから発達障害」「周りとうまくやっていけないから子どもの障害が悪い」というのはただの両者の責任逃れに過ぎません。

放置している限り、見て見ぬふりをしている限りいじめはなくなりませんし、子どももいじめがどれだけ被害者に回復不可能な傷を負わせているかわからぬままにされてしまい、ずっと同じことを繰り返し続けます。

そして社会で協調性を学ぶようになるまで被害者を増やし続けることになります。下手をすれば、何も学ばないまま犯罪者になってしまいます。ひとを傷つけても何とも思わない人間になってしまいます。

加害者の子どももなんらかの傷をもっていじめています。なんとなくいじめている子どもはいません。ただ、その加減を学ぶ機会は、この少子化の今、存在しないに等しいのです。

よって、からかい程度で終わることを知らず、クラス全体に圧力をかけてクラス全体で一人をいじめるという構図ができあがってしまいます。知らない子どもには教えてあげなくてはいけない。それが地域に課せられた使命です。

仕事があろうが、名誉が気になろうが、教育は子どものためにある、それを教育のトップにいる人たちに教える必要が何よりも先にあるのかもしれませんね。

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